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トランプの夢 (住職のブログ

2017/01/31 (火) 晴れ

1月20日、ドナルド・トランプ氏が首都ワシントンの連邦議会議事堂で宣誓し、第45代米国大統領に就任した。オバマ前大統領の8年前の就任式は、初の黒人大統領ということもあり、希望に満ち高揚感に包まれていた。今回の、トランプ新大統領の就任式は、人出は半分以下、就任に反対するデモ隊が暴徒化するなど、高揚感に欠けるものであった。新大統領はアメリカ第一主義を掲げ、米国を再び偉大な国家にすると宣言し、選挙中の過激な公約を、矢継ぎ早に大統領令として連発している。この姿を見て、世界の国々はどんな火の粉が飛んでくるのか、固唾をのんで見守っている。
そんな、強面のトランプ新大統領だが、あの独特の髪型には注目している。一昨年、大統領候補として登場した時、今では珍しい髪型であるが、昔の誰かに似ていると思った。それは1950年~1960年代にかけて一世を風靡したロックンローラー、エルヴィス・プレスリーの髪型を思い出した。プレスリーは、ギネスブックで「史上最も成功したソロ・アーティスト」と認定されている。プレスリーの活躍した時代は、米国の黄金時代と重なり、トランプ氏はそれを意識しているのだろうかと、想像してしまった。あの髪型には、「史上最も成功した大統領」になる夢が、込められているのかも知れない。その夢が、実現するか否かは「神のみぞ知る」であるが、まずは幸運を祈ろう。
現実主義者のトランプ新大統領は、オバマ前大統領の政策をことごとく否定しているが、どんな舵取りをするのか見ものである。今のところ、新大統領の評判はよくないが、5年前安倍首相が就任した時も、右翼政治家・歴史修正主義者と批判され、散々であった。しかし、今では世界から一目置かれる政治家として、存在感を発揮している。日々、精力的に続くトランプのツイッターでの呟きが、どんな世界新秩序をつくりだすのか、なかなか予想は難しいが、安倍長期政権が続く日本にとってチャンスであると思っている。
トランプ新大統領の前代未聞の指先政治が、プレスリー時代を彷彿とさせる黄金期を米国にもたらすのか、注目である。

「オタガイノタメニ」 (住職のブログ

2016/12/31 (土) 曇り

12月28日、安倍首相はオバマ大統領と共に、ハワイ真珠湾を訪問した。両首脳は、真珠湾攻撃で撃沈された戦艦アリゾナの上に立つ「アリゾナ記念館」で、犠牲者に献花し哀悼の真を捧げた。戦後71年、真珠湾攻撃から75年、太平洋戦争で死力を尽くして戦った両国の和解の姿を、全世界に示した意義あるものであった。
今年5月のオバマ大統領の広島訪問、そして今回の安倍首相のハワイ真珠湾訪問と、これら一連の訪問は日米同盟の深化を象徴するものとなった。この流れが、次期米国大統領トランプ氏へ引き継がれることを、願うばかりである。トランプ氏のこれまでの言動を見ていると一抹の不安が残るが、安倍首相のこれからの外交手腕に期待したい。
一方、今回の訪問が中国・韓国に対し、どのような影響をもたらすのか、興味深いものがある。早速、両国は批判的なコメントを出したが、安倍首相の真珠湾訪問が、刺激的であったことは確かである。将来の日中・日韓関係のキーワードは、オバマ大統領の演説で使われた「オタガイノタメニ」という言葉だと思う。
もし、日本が米国に対し原爆投下への反省と謝罪を求め、米国が日本に対しパールハーバーへの反省と謝罪を求めたならば、広島訪問も真珠湾訪問も実現しなかっただろう。両首脳の信頼関係と、75年の歳月が、この歴史的訪問を実現させたといえる。
人間が科す刑罰には、時効というものがある。永遠が許されるのは、神仏の世界だけである。人間は、せいぜい生きて百年である。人間が起こした災いに対し、永遠の反省や謝罪を求め続けたら、「オタガイノタメニ」ならない。それを求められても、限りある寿命の人間は、責任を取ることは不可能である。中国や韓国が、一方的に日本を責め続け、寛容の姿勢を示さなければ、「和解の力」を引き出すことはできない。
来年は酉年、安倍首相が推し進める未来志向の外交が、「オタガイノタメニ」一層羽ばたく年になることを祈念しよう。

混沌の韓国 (住職のブログ

2016/11/30 (水) 晴れ

 11月29日、朴槿恵大統領は、先日の史上最大200万人退陣要求デモを受け、任期をを待たず辞任することを発表した。このローソクデモは、大統領と友人崔順実との深い闇を照らしているように見える、前代未聞の大規模デモであった。一国の大統領が、一友人に与えた権力のカサの影響の大きさには、驚くばかりである。大統領の友人というだけで、これだけ権力を行使できる国の在り方には、疑問符が付く。
 これらのスキャンダルは、2年前のセウォル号事故の「空白の7時間」が、端緒となった可能性が大きい。セウォル号は、大統領と崔被告の蜜月関係の終わりの始まりを、暗示していたようである。混沌を招いた今回のスキャンダルは、自称先進国の韓国が本当の先進国になれるかどうか、天が与えた試練といえるだろう。

 

 そもそも、中国以上に儒教国家である韓国には、科挙の名残である「大学修学能力試験」がある。この全国センター試験は、国を挙げて警察や軍隊まで動員される、一大事である。なぜかといえば、この試験は現代版両班を決める、人生をかけた敗者復活戦なき、一発勝負だからである。それゆえ、崔被告の一人娘が権力をカサに、有名大学に裏口入学したことが、なおさら許せないのである。
 大学受験の合格・不合格が、その後の人生の勝者・敗者となる超学歴社会では、敗者となった国民は将来に希望を持てず絶望的になる。その象徴が「ヘル朝鮮」や「金のさじ、土のさじ」の流行語である。韓国には、「失敗は成功のもと」という言葉はないのだろうか。
 徳川家康の言葉に、「勝つことのみ知りて負けることを知らざれば、害その身に至る」というのがある。家康は、三方が原の戦いで武田信玄にぼろくそに負けた、苦い経験がある。その経験から生まれた言葉なのだろうが、負けることの意味は深い。ようするに、勝つことのみ知れば自信過剰で天狗になってしまい、油断が生じ思わぬ大敗を喫するという教訓である。

 

 崔被告の大失敗は、家康流にいえば、自信過剰で天狗になり、大統領がバックにいるという油断が招いた結果といえる。何事も油断は大敵なのである。

大川小の悲劇 (住職のブログ

2016/10/30 (日) 晴れ

 10月26日、東日本大震災で犠牲になった、大川小学校児童の遺族が訴えた裁判の判決が、仙台地裁で出された。その内容は、「教員らは大津波の襲来を予見でき、裏山に児童を避難させるべきだった」と学校側の責任を認め、石巻市・宮城県に14億の賠償を命ずる判決であった。それは想定外だからといって、罪を免れることは出来ないという、教育現場への警鐘である。石巻市・宮城県のこれからの対応に注目である。

 

 大川小を一度でも訪れたことのある人は、この判決は理解できるだろう。私自身、大川小の校庭に立った時、すぐ裏は山、そこには小道が通り、誰でも容易に登ることができる。なぜ、北上川の堤防道路に向かったのか、大きな疑問が残った。そして、津波が来るまでの50分間、この校庭で何があったのかを知りたいと思った。その経過を知ることは、これから起きるであろう大地震大津波時のマニアル作成に、大いに役立つからである。児童74名の尊い命をムダにしない為にも、徹底した検証が望まれる。なぜ、このような致命的な判断ミスが起きたのかを、解明してもらいたい。
 そもそも、石巻市は津波に対する認識が甘かった。その象徴が、東日本大震災で被災し機能しなかった石巻市立病院の立地に、見ることができる。海抜Oメートル・すぐ前は海・脇は北上川河口と、津波のことを考えたら、とても病院は立てられない。それは、高台に立つ隣町の女川町立病院と比較すれば、一目瞭然であった。十数年前、初めて石巻市立病院を訪れた時の、そんな思いが現実となり、なんとも複雑な気持ちである。大川小の悲劇は、津波を軽視して行政を行ってきた、石巻市当局にも責任の一端はあるだろう。

 

 大川小には、避難する場所と時間が十分あっただけに、残念でならない。この悲劇を教訓に、「火の用心」だけでなく、「津波用心」も対の標語として、後世に伝え広めなければと思っている。

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