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落慶法要と地震 (住職のブログ

2021/02/28 (日)

2月16日(日蓮聖人誕生日)、当山ではコロナウイルス感染拡大によって、昨年4月と10月にと予定しながら延期となった、日蓮聖人御降誕八百年を記念して建立された霊鷲門(りょうじゅもん)の落慶法要を執り行った。式典は、まだコロナ禍なので規模を大幅に縮小し、総代・世話人だけの参列で行い、風と雪そして地震を心配しながらも、無事終えることができた。これが、3度目の正直で檀信徒への約束を果たすことができ、安堵している。
今回の落慶式は、コロナで2度の延期と地震の洗礼と、思い出深い式典となった。今年は東日本大震災から10年、落慶式の3日前の13日(日蓮聖人の命日)に震度6強の地震があり、当時の記憶が蘇った。物理学者寺田寅彦の「天災は忘れた頃にやって来る」という名言があるが、今の状況は忘れる前にやって来る異常状態である。
東日本大震災を経験した時、学生時代に読んだ千葉県小湊誕生寺の古文書の疑問が解けた。それは、1703年の元禄関東大地震の記録で「大揺れ三度 一刻で四・五十回の揺れ」と書かれていた。一般的には、地震は一度揺れれば終わりで、一刻二時間程の間に四・五十回とは、何と大げさな記述だと思っていた。しかし、東日本大震災の揺れは、まさにこのような揺れで、事実であることを体験させられた。それは、元禄関東大地震がいかに大きかったかを物語っている。
日本列島は、地震の静穏期から活動期に入ったせいか、日本各地で地震が頻発している。1703年の4年後1707年には、日本の歴史上最大という宝永の大地震が起きている。東海・東南海・南海の3連動地震で、その49日後には富士山が大噴火して江戸まで大きな被害を受けている。
令和の時代、これらの歴史的災害を教訓に、国を挙げて地震・津波対策に取り組まなければならない。そして、個々人も活動期に入ったことをしっかり認識し、「備えあれば患いなし」準備を怠ってはならない。

マー君とコロナ (住職のブログ

2021/01/31 (日)

1月28日、東北楽天はマー君こと田中将大投手の入団を発表した。田中投手は、2013年に東北楽天を日本一に導いた立役者である。そして、前人未到の24勝0敗の大記録を作ったことでも知られている。この記録は、東北楽天のリーグ優勝時の勝敗記録、82勝59敗3分貯金23なので、田中投手一人で稼いだことになる。この数字を見れば、田中投手の獅子奮迅の活躍が、いかに大きかったかが分かる。
そのマー君が、名門ニューヨークヤンキースから8年ぶりに戻ってくるのだから、地元宮城県民にとっては、盆と正月が一緒に来たようなものである。いつかは戻ってくれると思っていたが、こんなに早くなるとはまさかで、アメリカの感染爆発がなければ実現しなかったであろう。そして、震災から10年の節目というのも、何か不思議な因縁を感じる。2021年は、コロナ退散を願いながら、日本一のあの感動を、もう一度味わいたいものである。
昨年2020年はオリンピックイヤーで、当山にとってもめでたい年になるはずであったが、コロナで多大な迷惑を被った。それは、日蓮聖人御降誕八百年記念事業で建立した山門の落慶式を、4月に予定していたが全国に非常事態宣言が出されて、中止に追い込まれてしまった。再度10月に計画したが、この時も宮城の感染者が急増したので、中止を余儀なくされた。
今年に入っても、コロナ収束の見通しが立たない中、熟慮の結果日蓮聖人御降誕八百年の正当である2月16日(日蓮聖人の誕生日)に、規模を大幅に縮小して挙行することにした。そして、落慶式の模様をホームページで公開することにし、コロナ禍の落慶式として記録に残すことにした。
日蓮聖人(1222~1282)が活躍した13世紀、庶民は疫病・飢饉で苦しめられたが、最大の国難は1274年の文永の役と1281年の弘安の役の2度の蒙古(中国)襲来であった。今回のコロナも中国からもたらされたことを考えると、800年の時を経ても国難の元凶は変わらないようである。

 

 

 

 

 



 

 

大川小学校の教訓 (住職のブログ

2020/12/31 (木)

12月28日、政府はコロナウイルス感染拡大防止のために、GoToトラベルを1月11日まで一時停止した。GoToトラベルは、コロナウイルスによって疲弊した観光産業支援策として7月から始まり、多くの人が利用し復活の兆しが見えてきただけに、残念である。しかし、これだけ感染者が日々増加すれば、医療崩壊を防ぐために仕方がないが、それにしても地域経済への影響が心配である。
私は、先月仙台と気仙沼が全線高速道路で繋がったのを機会に、GoToトラベルを利用して久し振りに気仙沼と大川小学校を訪れた。東日本大震災から10年、気仙沼には大島に渡る立派な橋が架かり、津波で破壊された街並みもかなり整備され復興が進んでいた。しかし、大川小学校周辺はまだまだこれからという所で、津波被害の大きさを改めて実感させられた。
大川小学校は、モダンな円形校舎で地域自慢の小学校であった。校舎は、北上川が目の前という立地で、海から4km上流にあり海を見ることはできない。これだけ海から離れた場所なのに、10メートルの津波が押し寄せ、先生10名児童74名計84名が犠牲となった。この校庭に佇むと、津波が来るまでの50分、この場所でどんなことが起きていたのか知る由もないが、何ともやり切れない気持ちになる。学校の裏手には、整備された山道があり、その道を登り裏山に避難すれば全員助かったはずと思うと、残念でならない。
この大川小学校の悲劇は、これから起こるであろう東海・東南海・南海地震の学校の津波非難を考える上で、多くの教訓を残した。その一番の教訓は、海のそばの学校だけでなく、海から離れた場所であっても川沿いの学校は、津波に対する警戒を怠ってはならないということである。大川小学校には、津波避難マニュアルがなく、校庭での50分を避難方法を相談するために費やしたこと、そして運悪く校長先生が不在だったことも重なり、決断が遅れたことが致命傷となった。マニュアルがあれば小田原評定とならず、犠牲を出さずに済んだはずである。
この尊い犠牲を、次の災害に生かすことが最高の供養になることを、肝に銘じなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楽天イーグルス (住職のブログ

2020/11/20 (金)

11月12日、楽天は三木監督の退任と石井GMの監督就任を発表した。今シーズン4位と不本意に終わった成績を、誰がどのように責任を取るのか注目していたが、結局落ち着くところに落ち着いたといえよう。昨年、「3位はBクラスと一緒」と発言し、CS進出を果たした平石監督を強引に辞めさせた付けが回り、自らその責任を取る形となった。平石監督の解任劇は、ファンにとって理解しがたいものであり、石井GMの独断専行がひどすぎた。来シーズン、GM兼任石井新監督の汚名返上なるか、どんな結果をもたらすのか楽しみにしている。
今シーズンの楽天の戦いは、前半は優勝できるのではと期待を抱かせたが、両リーグ最多の32試合逆転負けを記録し、正真正銘のBクラスで終了した。その原因は、三木監督の勝負勘のない采配と中継ぎ投手陣の不調にあるが、その中でも頼れる左投手不在が大きかった。石井GMは、シーズン前「左バッターに左ピッチャーはナンセンス」と、左投手軽視の発言をしていた。その結果、貴重なサイドスローの左腕高梨を、いとも簡単に巨人に放出してしまった。高梨の巨人での成績は、途中加入にもかかわらず44試合に登板し防御率1点台と、巨人の優勝に大きく貢献した。
球界においては、左の強打者・巧打者が多いので頼れる左投手は喉から手が出るほど欲しい存在である。楽天が今シーズンCS進出を果たせなかった一因は、ウイラーと高梨を巨人にトレードしたことにあると思っている。その反省かも知れないが、今年のドラフトでは2人の左投手を指名している。来シーズン優勝を目指すには、頼れる中継ぎの左投手を育てることが喫緊の課題である。そして、浅村頼みの打線にブラッシュに変わる外国人大砲がどうしても必要である。2021年は東日本大震災から10年、来年こそ2013年の日本一の美酒をもう一度味わいたいものである。
最後に、仙台は極寒の地との誤解があるが、年間平均気温は13度でヤンキースの本拠地ニューヨークと同程度であることを付記しておく。

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