住職のブログ

女人禁制 (住職のブログ

2018/05/01 (火) 晴れ

4月28日は日蓮宗の誕生日である。日蓮聖人は、766年前初めて千葉県清澄山でお題目唱えた。当山では、それを祝し檀信徒と共に立教開宗会を厳修した。日蓮宗の依経である法華経は、女人成仏を説いたお経として有名である。そしてこの日、女人禁制を巡り世間から非難されている、日本相撲協会の理事会が開催された。その結果、これまで伝統としてきた女人禁制について、アンケートを実施することを決めた。どのような結論が出るのか注目である。
土俵の女人禁制が問題にされたのは、4月4日京都府舞鶴市での春巡業の最中、土俵上で倒れた市長の介護の為、土俵に上がった女性に対し、若い行司が「女性の方は土俵から降りて下さい」と繰り返しアナウスし、その非常識さを批判された。また2日後には、兵庫県宝塚市の女性市長を土俵下で挨拶させたことも、非難されてしまった。これら一連の女性差別の出来事によって、日本相撲協会は伝統の見直しせざるを得ない状況に追い込まれた。
歴史的にみれば、女人禁制は宗教界に広く存在したが、今ではほとんどなくなり残っているところは稀で、その一つが日本相撲協会である。それでは、なぜ女人禁制なのかといえば、それは神仏の永遠性に由来する。神仏は永遠なので、生まれることも死ぬこともないという理屈である。故に、出産や葬儀は永遠性を否定するものとして、ケガレとされてきた。今もその伝統が残っている場所は、日本三景の一つである神の宿る島、安芸の宮島である。宮島では、今でも出産と葬儀は本州に渡って行い、島内では行われない。厳島神社の神様は永遠なので、生まれたり死んだりしたのではまずいのである。女性は、出産に係るということで差別されてきたが、ある意味言いがかりである。
日本相撲協会は、土俵の神様が女性なので、女性を土俵に上げると神様が嫉妬するから女人禁制であると説明するが、どうもよくわからない。こんな理由では、女性の大相撲ファンがこれだけ多い時代、女人禁制をを正当化するのは難しいだろう。全国の神社仏閣で、女人禁制を守っている所はがほとんどなくなってしまった今、日本相撲協会もそろそろこの看板を降ろす時期に来ている。

証人喚問と忖度 (住職のブログ

2018/03/31 (土) 快晴

3月27日、佐川前国税庁長官の証人喚問が、衆参両院の予算委員会で、それぞれ実施された。昨年2月に発覚した、森友学園への国有地8億円値引き売却を巡る問題、そこから派生した財務省の決算改ざん問題が追及された。佐川氏は、刑事訴追を受ける可能性を理由に、ほとんどの質問に証言拒否を繰り返した。ただ、その中ではっきりしたことは、安倍総理・昭恵夫人・麻生大臣等の政治家の関与がなかったということである。結局、真相解明は検察当局に委ねるしかない。国会は、本来の仕事である予算審議や必要な立法の成立に、尽力してもらいたいもののである。
もともと「森友問題」は、現在詐欺罪で被告となっている籠池氏を、朝日新聞が取り上げたことに始まる。これは、日韓関係のトゲとなっている慰安婦問題と、共通する所がある。1990年前後に朝日新聞は、「私の戦争犯罪」-朝鮮人強制連行―を書いた吉田清治をひんぱんに取り上げ、慰安婦問題を捏造し、著しく国益を毀損させた。そして、日韓関係を壊して日本国内に嫌韓感情を蔓延させる一因となった。「森友問題」も「慰安婦問題]と同様に、怪しげな人物の証言を鵜呑みにし、記事を書いたことに起因する。クオリティーペーパーと言われる新聞が、このような人物の証言を疑わなかったことが、不思議でならない。本来ならば、もう少し慎重に吟味する必要があった。
今回の証人喚問も、「うそを言ったらあかん」と悪い冗談としか思えない籠池被告の証言をもとに、野党は安倍総理・昭恵夫人・麻生大臣への忖度を追及したが、結局、政治ショウーで終わってしまった。「森友問題」で度々使われた「忖度」は、マスコミのおかげで昨年の流行語大賞に選ばれた。「忖度」が、このように有名になったので、一つ説明してもらいたいことがある。それは、朝日新聞の社旗が、なぜ韓国に批判されないのかという、ミステリーである。韓国は、旭日旗やそれに類したものに敏感に反応するが、朝日新聞の社旗にだけは反応しない。これは「忖度」なのではないか、この機会にマスコミに真相解明してもらいたいと思っている。

 

平昌オリンピック (住職のブログ

2018/02/28 (水) 晴れ

2月25日、平昌オリンピックは日本の冬季オリンピック史上、最多のメダル13個を獲得し閉幕した。前半戦は、風と寒さにたたられどうなるか心配だったが、17日の羽生の金メダル第1号を境に、流れが変わった。そして、天候も安定し日本選手のメダルラッシュとなった。66年ぶりに2連覇を達成した羽生の演技は、ケガを感じさせない切れ味と優雅さで、日本刀をイメージさせるものであった。そして、フリーの曲「SEIMEI」で舞う羽生は、千年の時を経て伝説の陰陽師・安倍晴明の化身のようにも思えた。
羽生の金メダルは、それまでの日本選手団の重苦しい空気を振り払い、選手達に勇気と自信を与えた。その後の結果を見れば、その効果がいかに大きかったかがわかる。マンガ・テレビ・映画で大活躍する安倍晴明は、今の若者にとって身近な存在のヒーローであり、羽生が興味を持っても不思議ではない。そんな時代背景が「SEIMEI」の選曲となり、その晴明の魔力が金メダルへと導いたのかも知れない。
今回のオリンピックは、見所が多く私達を大いに楽しませてくれた。その中で、興味深かったのは最強のオランダを破り、金メダルを取った女子団体パシュートであった。1回戦で「待って待って」とミスをカバーした日本チーム、「置き去り」のミスをカバーしなかった韓国チーム、国民性の違いが如実に表れた場面であった。それは、セオウル号沈没事故の時、船長が乗客の高校生を「置き去り」にした場面を思い出させた。「置き去り」にした選手に対するバッシングは、日本人の想像を超える激しいもので、最後は国旗を前に氷上で土下座をする事態となってしまった。全世界に放映されるオリンピックで、この映像がもたらす韓国へのイメージを考え、もっと冷静になれなかったのか残念である。
様々なドラマを生んだ平昌オリンピックであったが、一番驚いたのは金3個・銀1個・銅1個の合計5個のメダルを取った高木姉妹である。前々回のオリンピックに出られなかった姉、前回のオリンピックに出られなかった妹、3度目の正直で姉妹揃って出たオリンピックでメダル量産とは、何とも神がかりであった。この勢いと感動を、2年後の東京オリンピックに繫げてほしいものである、期待したい。

慰安婦崇拝 (住職のブログ

2018/01/31 (水) くもり

1月10日、韓国の文在寅大統領は、2015年12月の日韓慰安婦問題に対する不可逆合意が、最終合意でないことを表明した。これで、ゴールポストを三度動かしたことのなる。朝日新聞が、この問題を取り上げてから四半世紀以上たつが、まだまだ尾を引きそうである。朝日新聞は、当時慰安婦問題の発端となった本を書いた吉田清治を持ち上げ、この問題を熱心に取り上げた。これほど大ごとになるとは考えていなかったのかも知れないが、結果的には日韓関係を最悪にしてしまった。余談になるが、吉田清治著「私の戦争犯罪」-朝鮮人強制連行ーは、1983年定価1500円で出版されたが、今アマゾンでは3万円近い値段で売られている。疑書と言われている古書の値段としては破格であり、それだけ注目度が高いことを意味してる。
その慰安婦問題で反日に勤しんでいる韓国は、北朝鮮には極端な宥和政策を取り、ひたすらご機嫌を取っている。国連が中心となって構築した北朝鮮包囲網を、当事者である韓国が破れば北朝鮮の思うツボで、日米にとっては痛手となる。そして、日韓関係は慰安婦問題がトゲとなり、この難局を乗り切ることができるか心配になる。韓国は国家存亡の危機で、日本と揉めている余裕はないはずである。しかし、韓国のことわざに「先祖崇拝をしすぎて国が滅んだ」を知れば、なぜそうなのか少しは理解できるかも知れない。日本も先祖崇拝では同じだが、韓国儒教の先祖崇拝は想像を絶する徹底ぶりである。
日本では、ご先祖の法事は1周忌3回忌と続き、その後は4年6年おきに行い33回忌で終わりで、これを弔い挙げ・弔い修めという。しかし、韓国の法事は祭祀(チェサ)といい、5代前までのご先祖の命日ごとに毎年行い、年10回は法事を行うことになる。これでは人・物・金・時間をすべてご先祖に取られてしまい、子孫が立ち行かなくなり、国が滅んでしまうという悲劇である。先祖崇拝は大切なことだが、やり過ぎれば弊害になるという教訓である。韓国は、慰安婦問題しかり北朝鮮問題しかり、何でもやり過ぎる傾向がある。それを端的に表しているのがこのことわざで、先祖崇拝を国を亡ぼすまでやってしまうのである。今度は、「慰安婦を崇拝しすぎて国が滅んだ」とならないことを願っている。
論語の教え「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を忘れないでほしいものである。

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