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プーチン戦争 (住職のブログ

2022/02/28 (月)

2月20日、日本が冬季オリンピック最多の18個のメダルを獲得した平和の祭典、第24回冬季オリンピック北京大会が閉幕した。しかし、その余蘊が冷めやらぬ24日、ロシアがウクライナに電撃侵攻し、世界に衝撃を与えた。21世紀になっても、まだこんな事が起こるのかと思うと、驚きである。国連の常任理事国であるロシアの振舞いだけに、世界に与える影響は計り知れない。独裁者プーチン大統領の暴挙は、将来のロシアに暗い影を落とすことになるだろう。今回の出来事は、91年前の満州事変を思い起こさせる。  日本は、1931年9月奉天郊外の柳条湖で南満州鉄道を関東軍が爆破し、これを中国軍の仕業として軍事行動を開始した。これが満州事変で、当時の若槻礼次郎内閣は不拡大方針であったのだが、関東軍をこれを無視して占領地を拡大していった。そして、翌年3月には満州全土を占領し、清朝最後の皇帝溥儀を「執政」に迎え、満州国を建国した。  しかし、1933年2月国際連盟は、42対1で日本の満州撤兵勧告案を可決、この決定を不服とした日本は、3月に国際連盟を脱退した。日本は、これを境に軍部に引きずられ、8年後の無謀な太平洋戦争への道を、突き進むことになる。なぜ、日本はこれほど満州にこだわったのかといえば、当時ロシアの南下政策があったので、「満州は日本の生命線」という思いが強かったのである。  今回の、プーチン大統領のウクライナ侵攻もNATOと対峙する為、「ウクライナはロシアの生命線」という強い思いがあったのだろう。その結果、ロシア系住民がウクライナによってジュノサイドされているので、ロシア系住民を守るという口実で、侵略戦争を始めた。こんな根拠なき大儀名分で、隣国の主権国家を侵略するとは、国際秩序を守る立場の常任理事国のすることではない。自ら国際法違反を犯し、国連を機能不全にすれば、国連の存在意義が問われることになる。  大儀なき侵略戦争は、ロシアを国際的に孤立させ、プーチン大統領を国際社会の破壊者として、歴史に名を刻むことなるだろう。プーチン戦争の、今後の行方に注目である  

国の強化策 (住職のブログ

2022/01/31 (月)

1月27日、ワールドカップサッカーのアジア最終予選が、埼玉スタジアムで行われ、日本が中国に2対Oで勝利した。予想では、中国がカンフーサッカーで日本を苦しめ、荒れた試合になると思いきや、以外にもパスサッカーで平穏な試合となった。試合内容は、日本が圧倒的にボールを支配し、中国との実力差は歴然で、あぶなけない快勝であった。 日本と中国は、1990年代ほぼ同時期にプロリーグが発足したが、互角だった実力がこの30年で、これだけ差がついたのかと思うと感慨深い。中国は、Jリーグを参考に中国リーグを創設し、優秀な外国人監督や選手を破格な契約金で招請し、サッカー強国を目指した。しかし、今回の試合をみる限り、中国の強化策は実を結ばなかったようである。その原因は様々あるだろうが、大きな要因は底辺を広げず、地道に指導者や若手選手の育成を怠ったことだろう。中国は、皮肉にも大金をつぎ込むだけでは、サッカー強国になれないことを証明した。 なぜ、日本と中国がこの30年間にこれだけ差がついたのか、参考になる出来事がある、それは1894年の日清戦争である。超大国清(中国)が、新興勢力の日本に完敗したことである。その原因は、約30年前に始まった両国の近代化政策、日本の明治維新、中国の洋務運動である。その理念は、日本は和魂洋才・中国は中体西用である。和魂洋才とは、日本の魂を大切にし西洋の学問・知識・科学技術等を総合的に学ぶことである。中体西用は、中国の体制を維持して西洋の科学技術を利用することである。両国の違いは、日本は西洋からすべてを吸収しようとしたのに対し、中国は西洋の科学技術だけを利用しようとしたことである。この国家強化策の相違が、30年後の日清戦争の結果に如実にあらわれた。  ようするに、日本のサッカー強化策は、サッカー強豪国のすべてに学び、その良いところを取り入れる、一方、中国の強化策は、強豪国から優れた監督や選手を招請して、お金で強化する。この違いが、今回の結果となってあらわれたと考えている。そして、中国の21世紀版中体西用が成功するか、興味深い。

共同富裕 (住職のブログ

2021/12/31 (金)

12月27日、河北新報に「世界格差 コロナで再拡大」という記事が掲載された。その記事には、世界上位1%の超富裕層が世界全体の個人資産の37・8%、約4割を占めたと書かれていた。この数字は、世界がいかに不平等で、超格差社会なのかを示している。そして、コロナ禍でより一層この傾向が進んでいるとして、警鐘を鳴らしている。
 米国に次ぐ世界第2位の超格差社会の出現に危機感を持ったのが、中国の習近平国家主席である。中国共産党創設の目的は、貧困からの脱却と平等社会のの実現であり、超格差社会は想定外である。これを許せば、共産党の存在意義が問われることになる。この状況を改善するするために、「共同富裕」のスローガンが掲げられたのである。その象徴が、超富裕層への締め付け、不動産バブル崩壊で、習主席のこの政策が成功するのか、「神のみぞ知る」である。
 中国の驚異的な経済発展の始まりは、1979年の鄧小平の「改革開放」路線である。あれから40年、中国は世界第2位の経済大国に成長した。その結果、米国と並ぶ超格差社会となり、皮肉にも共産党が目指す理想社会とはならなかった。これを是正するために、鄧小平の「改革開放」を否定し、毛沢東の「文化大革命」に先祖返りするのか、「共同富裕」社会の実現には茨の道が待っている。
 「共同富裕」とは、個人の豊かさより社会の豊かさを優先し、平等な社会を理想とする。その根底にあるのは、共産党一党独裁を盤石にし、未来永劫この体制を維持することにある。「共同富裕」」を目指す政策を押しす進めめれば、経済は間違いなく衰退する。その時、中国社会にどんな変化をもたらすのか、興味深い。



 

満年齢と数え年 (住職のブログ

2021/11/30 (火)

11月28日、競馬ジャパンカップで3冠馬コントレイルが、有終の美を飾った。コントレイルは、ディープインパクトを父に2017年4月1日に誕生した、最強の4歳馬である。これからは種牡馬として、ディープの血統を残す大切な役目を果たすことになる。満4歳で引退するのは非常に残念であるが、将来の競馬界を考えると仕方がないのかも知れない。競馬界において、競走馬の年齢が満年齢になったのは2001年からである。人間界が満年齢を取り入れたのは、三歳児検診が本格的に始まった1961年なので、40年遅れで導入されたことになる。
 それでは、なぜ人間界が満年齢を取り入れたのかといえば、三歳児検診を数え年で行うと、不都合が生じるからである。数え年では、1月1日生まれの子供も、12月31日生まれの子供も、同じように正月で年を取るので、1年の差が出てしまい正確な比較ができない。満年齢ならば、誕生してから丸三年の誕生日で三歳になるので、同じ条件で発育状態を比較できるからである。そして、もう一つ大人にとっても数え年より1~2歳若く言える所から徐々に広まり、今では満年齢が主流になってしまった。
 一休さんの句に「正月や 冥土の旅の 一里塚 めでたくもあり めでたくもなし」というのがあるが、「正月や」を「誕生日」に変えないと、数え年を知らない今の人には理解できないかも知れない。このような状況から、年回法要を1年遅れでする人も増えている。その理由として、満年齢で数える習慣から、亡くなった年を1ではなく0から数えるからである。本当に、困ったものである。
 本来は、お寺ではなく学校教育の中で満年齢は0から始まる基数詞の数え方、数え年は1から始まる序数詞の数え方であることを、きちんと教えなければならないのである。



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